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2026年6月21日日曜日

Maayan Licht and {oh} Orkestra のコンサートを視聴した

Maaya Licht | {oh!} Orkestra aus dem Historischen Rathaussaal in Nurnberg 
が配信された。Monteverdi Festival Cremona の間を縫ってのコンサートのようで、
マーヤン・リヒトのタフさに感心する。

プログラムは彼のアイコンになっているであろう「時と悟りの勝利」からの " Una Pensiero nemico di pace " で始まる。
ソプラニスタにふさわしい曲がそろえられているが、Vivaldi 「ファルナーチェ」からの
" Gelido in ogni vana "は若干深みに欠けたように感じる。(本来はコントラルトの曲)
Vivaldiを歌いたかったのなら " Sento in seno " が良かったかもしれない。

最後はこれも彼のアイコン、お気に入りの曲で締めくくられ、お得意の口笛を披露してくれた。
間に入ったアンサンブルのバイオリンコンツェルトも聴きごたえがあった。



2025年10月27日月曜日

Opera Il Giustino de Vivaldi (ヴィヴァルディ「ジュスティーノ」)を観た


久しぶりに " Il Giustino " を観た。
今日の舞台は女性役は女声ソリストが充てられてるが、初演時はオール男性の配役だった。

1724年の配役は以下のようで

Anastasio   soprano
Arianna       soprano
Leocasta     soprano
Giustino      alto
Vitaliano     tenor
Andronico  alto
Amanzio      tenor
Polidarte     tenor
Fortuna        soprano

ソプラノカストラート4人、アルトカストラート2人、テノール3人
どの歌い手にもテクニックや聴きどころ、メロディアスなポイントが盛り込まれた
アリアが与えられていて、聴き応えがある。

また、カストラートのソプラノが複数いることがこちらとしては驚きで、特に彼らの
アリアにはアルトに比べて音域の広さや、テクニックを誇示したものが多い。
当時のカストラートには期待(要求)されるものが多かったようだ。

今日カウンターテナーの認知が広がり歌い手も増えてきたが、最近は特に海外の歌手に見られるのだが、自身の音域を超えた役を歌うようになって、ディクションが雑になったり、音が出しきれなくて聴いていて残念だなと感じる歌手が見かけられる。
やみくもに歌う、演じることは避け、自身の音域、技術にあった選曲、役選びをしてほしいと思う。

2025年10月4日土曜日

Sarrasine. Pasticcio opera to music by Handel. サラジーヌ(ヘンデルの音楽によるパスティッチョ)を観た


オノレ・バルザック原作「サラジーヌ」をヘンデルのオペラ曲で構成した
パスティッチョを観た。

歌手ザンビネッラに恋い焦がれた男サラジーヌ、実は歌手はカストラートで
サラジーヌは失意と絶望と憎しみの中で殺されるというストーリー

ザンビネッラのサミュエル・マリノが歌う女声アリアが美しく、本人も音域が
合っているようで、生き生きと歌っていた。
サラジーヌ役のホアン・サンチョは歌に感情が乗せられるようになっていて、
柔らかく歌ったり、怒りの激しさを表現していた。オートコントルもできるのでは
ないかと思う。

Europe " Come This Madness " より"Nothing Can Follow This" を真面目に聴いてみた。

Nothing Can Follow This 歌詞の中に "She" が出てくるのだが、どう読んでも "she" は "you" と同一人物だ。 どうして、彼らは "she" なんか使っちゃったんだ...