Mozart’s Die Zauberflote Der Hölle Rache kocht in meinem Herzen
オリジナルで演奏する動画はこちら
そして、カナダのオペラ・アトリエ ( Opera Aterier ) での舞台での同じアリア。
ビスなのか一部のみの演奏で、すべて即興 ( improvisation )
Can Cakmur が浜松国際ピアノコンクールでモーツァルトを即興を交えて演奏し
歓迎された時を思い出した。
音楽は自由だね。
Mozart’s Die Zauberflote Der Hölle Rache kocht in meinem Herzen
オリジナルで演奏する動画はこちら
そして、カナダのオペラ・アトリエ ( Opera Aterier ) での舞台での同じアリア。
ビスなのか一部のみの演奏で、すべて即興 ( improvisation )
Can Cakmur が浜松国際ピアノコンクールでモーツァルトを即興を交えて演奏し
歓迎された時を思い出した。
音楽は自由だね。
スカラTVで配信された "L'Opera Seria" を観た。ヘンデル、グルックの後でモーツァルトの手前の頃の作品なので、綺麗な曲が沢山あって聴き応えがあった。特にバロック・オペラに比べてレチタティーヴォ・アッコンパニャートが多く尚且つ技巧的で聴いていて楽しかった。
作曲者のガスマンはグルックの後を受けて音楽史に登場するので、このオペラはドラマとして見ごたえがあるし、彼らの時代に18世紀前半のオペラがどう評価され、今後「オペラ」というジャンルをどうしたいのかが視覚的に理解できる演出だった。特に "Barbara~" のアリアのシーンではダ・カーポ・アリアが様式美にとらわれすぎていて、歌手でさえもカタルシスや高揚感を満たせないという不満が感じられる場面になっていて、興味深かった。
ミネッチャ(Mineccia), ザッゾ(Zazzo), アレグレッツァ(Allegrezza)はベテランの無駄遣いじゃないかと一瞬思ったのだが、この時代ではカストラートや男声トラヴェスティがもう流行らなくなっていたということだろう。しかし、三人はとても可愛らしかった。ムーミンに出てくるミィのようでいつまでも観ていたかった。
衣装で興味深かったのが、初めからこの興行に不満で最後にはトンズラする支配人にネクタイを着けさせたことだ。ネクタイはこの舞台の衣装のなかで最先端のファッションアイテムだ。これは彼がただ一人、時代を読める(オペラ・セリアは時代遅れ)人間として設定されているからだろう。
最期は、舞台が大コケで支配人にも逃げられて劇場に残された歌手達、作曲家、台本作家、その他関係者が「どこかで自分たちを受け入れてくれるはず」と奮起するのだが、初演上演当時の観客と現在の私達では解釈が異なると思う。答えは一つじゃない。
ガスマンの作品を集めたアルバムがあった。11番以降が "L'Opera Seria" のアリア
2026年1月15日追加
こちらは 舞台に出演していたリトルネッロ( Josh Lovell テノール)のパフォーマンス
コメディセンスのあるロッシーニ・テノールでオススメ。
先日投稿した "Orfeo ed Euridice" を観ることができた。
Rai 5 のサイトからはアカウントの取得で視聴することができる。
また Opera on Video でも視聴できる。
ORFEO ED EURIDICE Spoleto 2024 Raffaele Pe, Nadja Mchantaf, Susan Zarrabi - Opera on Video
今回の舞台は今まで見た舞台の演出とは根本的に解釈が違っていた。
Pe氏の第一声の "Euridice" から違う解釈だし、"Che faro senza Euridice?" を歌っている最中のオルフェオの心情も過去に作られてきた舞台とは違う。
肝は3幕目のバレエ音楽の解釈で、ここが理解できないと結末に納得も共感も得られないシーンになっている。
とにかく考えさせれられる舞台だった。
タイトル通り Raffaele Pe がタイトルロールの Orfeo ed Euridice が Rai 5 で現地時間の9月6日 9:15 pm に放映される。
リンク先記事の画像はなぜか Carlo Vistoli主演のもの。
こちらは舞台解説
Convince a Spoleto la crici di coppia Orfeo ed Euridice
Nothing Can Follow This 歌詞の中に "She" が出てくるのだが、どう読んでも "she" は "you" と同一人物だ。 どうして、彼らは "she" なんか使っちゃったんだ...